'91・5・9 日経新聞夕刊文化欄

プロのまなざし   ライブに酔う


 短いイントロが終わると、スポットライトが暗やみの中にあどけなさの残る顔を浮かび上がらせる。

そして小さな唇から漂いだす歌は、ヘレン・メリルの「ユード・ビー・ソーナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
」。

福岡・天神西通りの路地を入ったビルの1階にオールディーズライブハウス「ヴァケイション」は、ある。
ここのハウスバンドの女性ボーカルが歌うのは主に、50年代ポップスだがこの曲は、ここでは異色だ。
というのは、ほかのナンバーでは軽快ないわゆる「アメリカン・グラフィティ」の匂いそのままなのだが、
この「ユード・ビー・・・」を演奏する時、不思議にバンド全体が「JAZZY」なムードに包まれる。

歌いだす直前までは、(こんな若い娘に大人のジャズが歌えるのか?)と思っていたのが、てらいもなしに口を開け、声と息を同量に吐き出して創るトーンは、ぞくりと耳朶をなぶっていく感じなのだ。

 この女性が恋をして二人ほど子供を育て45歳頃になった時、もしもまた歌うとするならばどんなすごみを出すのだろう。
福岡は数多くのメジャーなミュージシャンを生んでいる。彼らの多くはこういうライブハウスで育っている。
ライブハウスは、ちょっと油断すると「ダンスのBGM」か「腕組みしての音楽鑑賞」にパターン化されてしまう。客席の視線がずれた途端、ステージはただのジュークボックス。

その夜、女性ボーカリストは「スージー!」と呼ぶ客席の声に、ゆっくりとほほ笑みを返した。

最近ライブハウスに行くたびに、客席の雰囲気が気になっていたせいか、彼女のまぎれもないプロのまなざしに出逢って、ちょっとうきうきした。     

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