彼女に逢える  想いは乱れて

ヘレン・メリルを聴く

 

1993年12月2日 日経新聞文化欄掲載 

11月10日、初恋の女性との再会のようにぎこちない思いで、メルパルクホール福岡で開かれたジャズ・フェスティバルのシートに着いた。

二十程年前、薄暗いジャズ喫茶で幾度となく聴いた、あの彼女がいま、目の前でスポットライトに浮かび上がろうとしていた。

かすかな不安がよぎる。あの頃のイメージが壊れはしまいかと・・。

なにせ、クリフォードブラウンと共演した伝説のアルバムは、まだ彼女は二十歳代のころだった筈。

今は六十歳をとうに過ぎている。下り坂でないとはいえない。

しかし、会いたい。聴きたい。この想いが五ヶ月間ずっと胸にあった。

彼女の声さえ聴けばきっと飛べる。行ける。ニューヨークのどこかのライブハウスのショーへ・・・

 

千々に乱れる想いをよそに、ステージは進んでゆく。ミルト・ジャクソンがバイブラフォンを演奏している。彼もまた夢の中の夢の人。

もう70歳だというのによく元気で来てくれた。感謝したいほどだ。

彼の手のマレットがブルーのピンポン玉になり、ダイナミックに優雅に踊り、跳ね、そして滑る。スウィングし、ささやき、その波動は体にさざなみを立てる。

そして、ついに会えた!ヘレン・メリルが現れた。赤とグリーン、ブルーの原色を配したスパンコールのドレス。堂々たる着こなしに、「アメリカ」を垣間見た気がした。歌い出せば、耳元を優しくうつ、彼女独特のハスキーヴォイス。「ニューヨークのため息」とはよく言ったものだ。

少しずつ頭の中に霧がかかってきた。

最後にあの、「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」

を軽く流すように彼女が歌った時、夢だとは解りつつ目を閉じて想った。

 もしもここに真っ白なクロスがかかった、木の丸いテーブルがあり、

オードブルの皿と、キンと冷えたカクテルグラスがあったらと・・。最初の文の「スージー」の歌もこの唄だった。また、聴きたい。